我々の先人が感じた最も美しい音、いわゆる「遠音」と、地無し延べ管尺八の響きについて。この「遠音」の定義を言葉で表現することは難しいが、一つ言えることは、東洋の音楽は西洋の音楽とは全く違う考え方の上に成り立つ。 この考えを確と認識することが大事。それには西洋楽器と違う日本の伝統楽器。そこで忘れてはならないものに「サワリ」がある。「サワリ」とは日本の古い文献にもあるが、セミの鳴く音と等しく自然に近いものとも書かれてある。 一つの音自体が非常に複雑で、自然界の色々な音と融合するもの。本来は独奏あるいは一対一で演奏していた邦楽器。ところが近代になって伝統楽器を使った現代邦楽は、大勢で合奏したりすることが当たり前になってきた。このことから、邦楽器による大合奏というものは、自分の楽器から出るこのサワリを含む「音色」を聴きだすのは大変難しいことになる。また、この音色について考えると、音色というのは「音量の大きさ」と非常に関わりがあり、尺八に地を入れ管内を調整して、楽器として調製し、音量を必要以上に大きくしてしまうと失うものが多い。それは音を大きくすると、小さい時に出ていた音の「色」が無くなってしまうことにもよる。そのため、地無し延べ管尺八はなるべく自然の竹に手を加えず、竹そのものが鳴っているというストレートな音でなく、竹の周囲全体が丸く包み込まれるような不思議な音色を大事にする。音源がはっきりしない何処からか聞こえてくるような音。たとえば、山の中で鳥が鳴いているときに、どの木のどの枝にいるかわからなかったり、どこからともなく聞こえてくる川のせせらぎや、遠くから聞こえてくる滝の音、風の響きetc,・・しんしんと降る雪の音・・etc,etc.このような音を日本では古来より「遠音」という。